大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)287号 判決 1971年5月12日

原告 井部種美

被告 ヤマト産業株式会社 外一名

主文

一  被告らは各自原告に対し金一九八万八、九二三円と内金一八三万八、九二三円に対する昭和四五年四月一七日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うこと。

二  原告その余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の、その余を被告らの各負担とする。

四  この判決の一項は仮りに執行することができる。

事実

第一当事者双方の申立

(原告)

被告らは各自原告に対し金三五七万八、九三三円と内金三三七万八、九三三円に対する昭和四五年四月一七日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うこと

訴訟費用は被告らの負担とする

との判決ならびに仮執行の宣言。

(被告ら)

原告の請求を棄却する

訴訟費用は原告の負担とする

との判決。

第二原告の請求原因

一  傷害交通事故の発生

とき 昭和四三年七月一五日午前一一時二〇分ごろ

ところ 大阪市南区大宝寺西之町三七番地先交差点

事故車 自家用小型貨物自動車(大阪四ま二八三八、以下単に「甲車」という)

自家用普通乗用自動車(泉五ね二八-一一、以下単に「乙車」という)

運転者 甲車 訴外中井喬 (北進)

乙車 訴外堀田章三 (北進)

被害者の事情 原告が小型貨物自動車(以下単に「原告車」という)運転中 (北進) 事故態様 原告車が一旦停止中、後方から甲車が追突し、更にその後方を追従してきた乙車が甲車に追突し、その衝撃で甲車が再度原告車に追突(玉突状)し、原告が負傷した。

傷害 頸部捻挫

二  帰責事由

根拠 自賠法三条、民法七一五条、七一九条

事由 被告ヤマト産業株式会社は甲車の所有者で、運転者中井の使用主であるところ、同人において右被告会社の業務に従事中 、前方不注視、徐行および車間距離不保持の過失により第一次追突事故を惹起した。

被告岸本は乙車の所有者で、運転者堀田の使用主であるところ、同人において同被告の業務に従事中、前記中井と同様の過失により本件事故を惹起したものである。

しかも本件事故における原告の受傷は、甲車、乙車何れがその原因を与えたが不明である。

三  損害

1  療養関係費

イ 治療費(昭和四三年七月一七日~昭和四五年三月一七日)

金三七万七、五七三円

ロ 入院雑費および交通費

金七万円

入院

昭和四三年七月一七日~同年一一月五日

昭和四四年二月四日~同年四月八日

通院

昭和四三年一一月六日~昭和四四年二月三日

昭和四四年四月九日~昭和四五年三月一七日

2  得べかりし利益の損失

金一一九万一、三六〇円

右算定の根拠として特記すべきものは左のとおり。

職業 第一工業所従業員

月収平均 五万九、五六八円(日給制)

休業期間 昭和四三年七月一五日~昭和四五年三月一七日

3  慰藉料

金二〇〇万円

4  弁護士費用

金二〇万円

四  損害のてん補

原告は本件事故による損害につき既に二六万円のてん補を受けているので、損害残額は三五七万八、九三三円となる。

五  本訴請求

よつて、原告は被告らに対し、三五七万八、九三三円と内金三三七万八、九三三円(弁護士費用を除く部分)に対する本件不法行為の日の後である昭和四五年四月一七日から右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三被告らの答弁

(被告ヤマト産業株式会社)

一  請求原因一の事実中、事故態様の原告車が一旦停止していたとの点を否認し、他は認める。

本件事故の状況は左のとおりであつた。

甲車(サニー・ライトバン)が先行の原告車(マツダフアミリヤ・ライトバン)に追従して毎時四〇キロメートル位の速度で北進し、御堂筋大宝寺交差点に差しかかつたところ、原告車が左折の合図をして左側へ進路を転じたので、甲車において前方の青色信号に従いそのまま直進したところ、原告車において何の合図もせず再度進路を元に復して甲車の直前(約一一・三メートル)に進出したため、甲車において急停止の措置をとつたが降雨のため路面が濡れていておよばず、原告車の後部に軽く追突した。原告車は直ちにその場に停止したところその後方を毎時約五〇キロメートルの速度で追従していた乙車(プリンス二〇〇〇GT)において、甲車の停止を前方約六・二メートルの所に認めながら激しく甲車に追突した。このため甲車は大破した(修理費一九万円)が、原告車は尾燈等が破損した(修理費一万八、二三〇円)だけである。

二  同二の事実中、被告会社が甲車を所有し、訴外中井の使用主であることは認めるが、その余は不知。

三  同三の損害算定の根拠事由はいずれも不知。

前叙のとおり、甲車による第一次追突の際の衡撃は極めて軽徴なもので原告に傷害を与えるほどのものではなく、原告の受傷は一つに乙車による第二次追突の衝撃がその原因をなしている。甲車の第一次追突と、原告の損害との間には相当因果関係が存しない、というべきである。

仮りに、右因果関係が存するとしても、原告の休業ならびに後遺症状は、本件事故のみによるものではない。原告の事故前数カ月における稼働日数は、一カ月に一八日(昭和四三年四月)、或いは一三日(同年六月)と非常に少く、これは、本件事故とは無論関係のない高血圧症に由来するものである。原告が未だに訴える頭痛も、右高血圧症にもとづくもので、原告主張の昭和四四年二月四日以降の入院も、本件受傷(頸部損傷)とは無関係な、右高血圧症のためのものである。

四  同四の事実は争う。

(被告岸本)

一  請求原因一の事実中、いわゆる玉突状の事故の点を否認し、その余は認める。

本件事故の状況は左のとおりである。

原告車が、青信号に従つて、第二通行帯を北進し、原告主張の交差点において左折しようとしたが、第二通行帯からの左折は禁止されていたため急停止したところ、追従していた甲車が追突した。甲車に後続していた訴外貨物自動車は、甲車の追突をみて右に転進し、甲車の右側を通過して北進して行つた。右訴外車に後続していた乙車運転手堀田は訴外車の幌に視野を妨げられ、訴外車が右へ転進した理由(原告車の甲車が追突した事故の発生)がわからず訴外車に続いて右へ転進せず、直進をし続けた直後、原告車と甲車の停止しているのを発見し、急停止の措置をとつたがおよばず、甲車の後部に追突した。従つて、本件事故は、乙車が甲車に追突したため甲車が更に原告車に追突(玉突状)したものではない。

二  同二の事実中、被告岸本に関する部分のうち、同被告が乙車を所有し、その運転手堀田の使用主で、事故当時同人が業務に従事中であつたことは認めるが、その余は争う。

三  同三の事実は争う。

前叙のとおり、本件事故における原告の受傷は、交差点直近で信号に従わず急停止した原告車の過失とこれに追突した甲車の過失の競合によるものであり、乙車が甲車へ追突したこととは何ら因果関係が存しない。このことは、甲車の追突の後、若干の時間的間隔をおいて乙車が甲車に追突し、しかも甲車運転手においていわゆる鞭打損傷の傷害を受けていないことからも明らかである。

四  同四の損害てん補の点は認める。

第四被告らの抗弁

(被告会社)

一  過失相殺

前記被告会社主張の事故状況から明らかなとおり、本件第一次追突事故は、原告の一方的な過失、つまり合図なしに進路を元に復して甲車の進路上に現れしかも信号に従わず急停止したために生じたものである。それ故仮りに、甲車運転手にも何がしかの過失があり、被告会社に賠償義務があるとしても、損害額の算定には原告の右過失が充分斟酌されるべきである。

二  示談

1 原告と訴外中井、同堀田は昭和四三年七月一七日前記事故状況を前提として、左記内容の示談契約を締結した。

イ 原告車の修理代は訴外中井が負担すること。

ロ 甲車の修理代は訴外堀田が負担すること。

ハ 原告の傷害による治療費、生活費は訴外堀田が負担し、これを昭和四三年一二月末日迄の分に限定すること。

2 被告会社は、右示談契約を当然に援用できるところ、右によれば、原告の人身に対する損害については、訴外中井に責任がない、とされている。それ故、被告会社に対する原告の損害(人損)賠償請求権は、右示談契約によつて消滅している。

三  弁済

原告は、昭和四四年一二月二三日被告会社の付保している自賠責保険金から、被害者請求により五〇万円を受けとり、傍ら被告会社から、仮処分に基づいて合計一八万円の支給を受けている。

(被告岸本)

被告岸本は、乙車運転手堀田の名において、その過失および原告の損害と乙車の第二次追突との因果関係の存否は別にし、一応道義的責任を感じ、昭和四三年七月一七日原告と左のとおり示談契約を締結した。

イ  被告岸本は原告の治療費および生活費を補償すること。

ロ  但し、右補償は昭和四三年一二月末日限りとし、原告は名目のいかんを問わず、その余の請求をしないこと。

しかして、同年八月ごろ、同被告は原告と協議をなし、右生活費を月額六万円と決定し、同月九日から同年一一月九日までに合計二六万円を右生活費として原告に支払い、治療費合計一八万一、五六三円を支払つた。

されば、原告の被告岸本に対する損害賠償請求権は、右示談契約に従い、当然事故発生の日から昭和四三年一二月末日までの治療費及び月額六万円の割合による生活費の範囲に限定され、しかも、それから右既払額を控除した残額にとどまるべきものである。

第五被告らの抗弁に対する原告の答弁

一  原告の過失について

被告ら主張の如く原告に過失があつたことは否認する。原告は、本件交差点手前において、赤信号に従つて停車していたところ、停車数秒後に甲車が追突し、更にその後方より乙車が追突したものであつて、原告において、左折のための左転進等進路変更をしたことはない。

二  示談契約について

被告会社主張の如く、原告と甲車、乙車の各運転手との間に示談が成立したことはあるが、被告らとの間に直接示談をなしたことはない。従つて、被告ら主張の示談の抗弁は失当である。

第六証拠関係 <省略>

理由

一  請求原因一の事実中、事故態様を除くその余の点については、当事者間に争いがない。

成立に争いのない乙第二ないし第一〇号証を総合すると、本件事故の状況は左のとおりであつなものと認められる。

(現場の状況)

本件事故現場は、南北に通じる片側三車線(三通行帯、中央に中心線があり、第一通行帯と第二通行帯の境に緑地帯がある)の歩車道の区別のある舗装道路(通称「御堂筋」)で、東西に通じる道路との信号機のある交差点の南側第二通行帯上である。事故当時、降雨のため路面はぬれていたが、見とおしは良好で、車両の交通量は多かつた。

(第一次追突事故の状況)

原告車が、第二通行帯を北進し、交差点に近づいたころ北行信号機が青点滅から黄色に変つたため、交差点の南詰めに停車したところ、これに続き約二〇メートルの間隔を保つて北進していた甲車において、原告車に続いて停止すべく制動をなしたが、路面が濡れていたせいもあつて停止寸前原告車に追突し、幾分原告車を前方に押しやつて停止した。このため、原告は、頭部を後方へ振られる衝撃を覚え、原告車は右後部尾灯附近を小破した。

(第二追突事故の状況)

甲車が追突した直後、その後方を毎時約五〇キロメートルの速度で追従していた乙車の運転手堀田において、甲車が原告車に追突して停止しているのを前方六メートル余りに近接して漸く気付き、直ちに急制動を施したがおよばず、甲車に追突し、その衝撃によつて甲車が更に原告車に追突し、このため甲車運転者中井およびその同業者訴外土岐光彦が首筋を痛める程度の衝撃を受け、原告が第一次追突の際と同様頭を後方へ振られる衝撃を覚え、甲車の後部および前部が大破した。

証人中井喬、同堀田章三の証言のうち、右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らして措信し難く、他に右認定を覆して被告らの主張を支えるに足る措信すべき証拠はない。

二  請求原因二の事実中、事故車の所有関係については当事者間に争いがない。しかして、

成立に争いのない甲第一一号証によると、原告の頸部捻挫は、右に認定した再度の追突事故のいずれによつても生じ得るものであり、しかもいずれによるものであるとも断定し難いものであること、即ち頸部捻挫は衝撃の度合の弱強に必ずしも牽連していないことが認められ、他にこれを覆して被告らの主張を認めるに足る信用すべき証拠はないから、被告らは民法七一九条一項後段により、連帯して原告の本件事故によつてこうむつた損害を賠償する義務があるといわざるを得ない。なお甲車の同乗者訴外土岐ならびに甲車運転手中井の前記傷害は、一週間の治療で自然に回癒したことが証人土岐、同中井の証言によつて認められるけれども、いわゆる頸部損傷は受傷者の身体的状況(年令)、性格等により個人差のあるものであることが前掲甲第一一号証によつてうかがわれるから、このことをもつて、直ちに第二次追突が原告の受傷に無関係であることは認め難い。両追突事故の傷害への関与の度合は不明であるといわざるをえない。

三  損害

1  療養関係費

イ  治療費(昭和四三年七月一七日~昭和四五年三月一七日)

金三七万七、五七三円

成立に争いのない甲第九号証、第一一号証、乙第一四、一五号証、原告本人尋問の結果ならびにこれによつて真正に成立したものと認められる甲第四号証の一ないし八、第六号証の一ないし一〇二を総合すると、原告は、本件受傷のため昭和四三年七月一七日から同年一一月五日まで、昭和四四月二月四日から同年四月八日まで国立大阪南病院へ入院し(総入院日数二六三日)、昭和四三年一一月六日から昭和四四年二月三日までと同年四月九日から昭和四五年二月二七日まで同病院へ通院し(実通院日数一七二日以上)、その治療費として、原告主張の金額を下らない治療費を要したことが認められてこれに反する証拠はない。

ロ  入院雑費

金三万円

前認定の入院期間内に要した諸雑費は、原告本人尋問の結果真正に成立したものと認められる甲第五号証ならびに経験則に照らし、右金額を下らないものであつたものと認めるのが相当である。なお、これを越えて原告主張の通院交通費をも認めるに足る証拠はない。

2  得べかりし利益の損害

金一一九万一、三六〇円

原告本人尋問の結果ならびにこれにより真正に成立したものと認められる甲第三号証の一、二、第七号証を総合すると、原告は事故前第一工業所へ冷暖房工事の配管工として昭和四二年一一年ごろから日給制で勤務し、一カ月平均五万九、五六八円を下らない収入を得ていたところ、本件受傷のため事故当日から昭和四五年三月一七日まで休業を余儀なくされ、この間右賃金収入をえていないことが認められる。

3  慰藉料

金一〇〇万円

本件事故の態様、治療経過(入、通院)ならびに前掲甲第九号証、第一一号証、原告本人尋問の結果によつて認められる症状、つまり、第五・六頸椎の一部に骨折(もつとも、左程重要視する程のものではない)を伴つた捻挫を来たし、主として頭痛、頸部痛が強く、これが多分に神経性のもので自律神経失調様容態を示し、脳循環剤、脳代謝促進剤、鎮痛剤、星状神経節遮断等の治療方法により、軽快増悪をくり返している状態で、その治療期間から推して、相当程度の後遺症が残留することが予想されること、他方、高血圧症の自疾を有していることも本件症状をより複雑にしているものと考えられ、その他諸般の事情を総合して、本件事故よる原告の精神的苦痛を慰藉するには右金額が妥当であると考える。

4  弁護士費用

金一五万円

原告がその訴訟代理人に本訴提起を委任し、弁護士費用を負担するに至つていることは、弁論の全趣旨に徴し明らかであるところ、本件事案の内容、審理の結果、後記認容額に照らし、そのうち右金額を本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

四  被告ら主張の示談の抗弁は、その契約当事者ないし援用権について検討するまでもなく、事故の翌日、事故当日の井上診療所における「向後一週間の経過観察を要する頸部挫傷」との診断をもとにして、おそくとも昭和四三年一二月末日までには治癒するとの前提でなされたものであることが証人土岐光彦、原告、被告岸本各本人尋問の結果により認められるので、右予想と全然異つた前認定の如き重大な症状を発現したことによる本件損害については、その効力を有しないものといわざるを得ず、採用の限りでない。

五  損害のてん補

原告が被告岸本から二六万円の支払いを受けていることは当事者間に争いがない。その他に成立に争いのない乙第一六号証によれば、原告は自賠責保険から被害者請求により五〇万円を既に受領していることが認められる。又、被告岸本本人尋問の結果によれば、同被告において治療費のうち一八万円余りを直接前記病院へ支払つていることが認められるけれども、右は、弁論の全趣旨に徴し、本訴請求に含まれていないものであることが明らかである。なお、被告会社主張の仮処分決定による支給は、本案の裁判確定前のものであるから、これを本訴請求に対する弁済として処理することをしない。そこで原告の前記各損書の合計額二七四万八、九三三円からてん補額七六万円を控除すると、その残額は一九八万八、九三三円となる。

六  以上の次第により、被告らは各自原告に対し一九八万八、九二三円と内金一八三万八、九二三円に対する本件不法行為の日の後である昭和四五年四月一七日から右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よつて、原告の本訴請求は右の限度で理由があり、その余は理由がないから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中村行雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例